2026-06-06

無我無心

二十年ほど前に山陰地方の派遣先で知り合った当時、学生アルバイト勤務をしていた友人が四年前に誕生した女の子のお披露目を兼ね遊びに来てくれた。お父さん、お母さんの言い付け通りに練習をしたのだろう、迎え入れるやないなやその子は一息に自分の姓名と年齢を言った。よくできました!とほほえましく思いながら私も自分の姓名を伝え挨拶を交わした。女の子はお母さんに助け舟を乞いながら幼稚園の友達のことを話し始めた。そして流行っているらしい『プリキュア』のことを話す頃には語り部に変身した。身に付けている服や靴下、車に積んであるモノもプリキュアグッズ。「絶賛夢中」の口吻は発展途上の言葉を繋ぐと呪文のようになめらかな謳いとなって妖精たちの世界へと誘う。プリキュア初心者なる私たちの理解をフォロウするかのように現実と虚構の垣根を軽やかに交わしながら語る様子に何か良い芝居でもみせられているかのような満足と感動をおぼえた。語りを終え意識がプリキュアから離れると急にお母さんに抱きついて隠れるようなしぐさもかわいらしかった。言葉がずれずに「通じる」と言う凄いこと、同時に会話を成立させる困難さを歩み始めた小さな女騎士の前途を思った。出会った頃学生だった友人の若い人特有の熱意と好意に対し、世代間の価値観の相違以前に言葉そのもののずれを恐れながらも真率に接してきたつもりだが、その後の大学院進学、就職、結婚時よりも今の父の姿がもっとも彼の良さを現しているように思えた。安全基地を成す若い両親と4歳の子の光景に気持ちが暖められる。プリキュア熱が私たちにも伝染したのか家人は絵をしたため私はマスコットを縫いながら、自分たちに4歳時の記憶がないことを残念に思い、家族アルバムの写真に写し取られた親子の断片に想像を膨ます。家人は補助輪つきの自転車のハンドルを掴む右手にも、若い父や母に抱かれている手の中にも必ず何かしらおやつを握りしめている。私は零才の妹を後ろから抱きしめている。「絶賛おやつに夢中」や「絶賛妹に夢中」のかつて4歳児だった子供たちの、写真が証明する過去の情景は未熟な海馬に定着しなかったもののどこか深淵に放たれているのではないのかと希望的観測で埋めてはみても、それらが忘却や失念、健忘にあらず「空白」であると言ういかんともしがたい事実がもどかしい。


2026-05-06

追偲

受けるばかりでかけてくることのない義父から電話があった。心なしかいつものべらんめい調が勢いに欠けると思いきや伯父の、父にとっては義兄が亡くなったという知らせで、せがれが幼少から中学まで随分と世話になった、と言う。家人よりも1つ年長と年少の従兄弟がいて休みのたびに伯父さんちに泊まりに行っていたそうだ。小学生になったばかりの男の子たちにスキーとスケートの体験をさせてくれた。皆をまとめて電車に乗せ色んなゲレンデに連れていってくれたのも伯父さんだ。一冬に3〜4回泊まりがけで出かけるスキーは中学に上がるまで続いた。電車の中で、伯母さんが持たせてくれた檸檬の輪切りの砂糖漬を「洒落たおやつ」と思いながら初めて口にしたときの驚き、そんな味と香もスキーの思い出として伯父さんを偲んでいるうちに頭の怪我の話になった。サーカスではあるまいし、3人して交代ばんこで木製のケーブルドラムに乗り転がして遊んでいるうちに調子づいた家人は平地ではなく段差のある庭の階段に移動した。両足を乗せ転がした初っ端にコンクリートに頭をぶつけた。パカッと頭が裂ける音がしたのだそうだ。救急外科で頭頂の縫合処置をしてもらった。なんと他にも頭に怪我をして縫った傷があると言うではないか。話は我が身の粗相話に展開した。江戸川沿いで水切りをしているときに友達の投げた石が後頭部に命中。その時はコツンと音がした。他にはローラースケートをイメージして上履きで廊下を滑っていたとき柱の角に側頭部をぶつけた。その時はゴワンと音がした。聞いているうちに、結婚して暫くして郵便ポストの角に頭をぶつけて怪我し数針縫ってマスクメロンのようなネットの包帯をしていた姿が急に思い出された。笑いが醒め伯父への深謝に重ね情けなくなった。大人になってからの怪我は私が知るだけでもスキーで肩の脱臼、ウィンドサーフィン時、足裏をガラスで切る怪我での縫合処置。同じくウィンドサーフィン時に足親指の爪をはがしたこと。芋づる式に出てくる粗相はやまない。
昨夜の家人の夢話。ウィンドサーフィンをしていて海上で迷子になりとりあえず最寄の陸に上がった。現在地を確認したく誰かひとを探すのに道具をそのままにしてその場をはなれ戻ってみると道具一式が消えていた。夢の中の家人はそこで、今度道具を揃えたら目立つ色のペンキを塗ろう!と固く思ったのだそうだ。懲りない怪我にも、こんなストーリーの展開にも不意をつかれ息をのむばかりで、つくづく互いに別個であることに呆然とする。日々の多文化共生はこれからも続く。


2026-04-03

Snow angel

体表の通り道を生命エネルギーが流れるように宿の空間でも家の気のようなものが動く。換気時とは違い来客を迎えた空間で空気の質が変化し動く。先日姉妹でお泊まりにいらしたお二人の時もそうだった。親子、夫婦、兄弟、友人同士などにおいてどちらかを庇護したりどちらかに依存したりする近しさとは異なる仲の良さが伺える。同じ時に母胎内で出会った双子のように人生の同志とでも言えるような関係性。若い二人の姉妹は共にピラティスのインストラクターで身体構造の基礎知識はもとより食や健康への関心度の高さから灸の世術をお願いされたものとばかり思っていると、共に難病指定のある自己免疫疾患の治療中であった。先の流行り病で混乱した当初、5年経過した今でも作用や安全性において疑念が解消されないままである注射を接種してから発症したのだそうだ。専門学校や勤めていた仕事を断念したあとでそれぞれがピラティスに出会った。体調を整えることに加え何よりJoseph Hubertus Pilatesその人の精神と実践のあり方に惹き付けられた。そんなお二人だから陰陽五行の東洋医学的アプローチでの世術を試みた。問診後、問題ありそうな経絡の(姉は脾経、妹は肺経)五要穴を中心に灸を据えた。姉と妹、別の個体なので無意味であると認識しながらも、脾経と肺経の経絡上の母子関係がこの姉妹の繋がりの強さを暗示しているように思え、母子同服ではないがどちらかが治る(寛解)ともう片方の症状も消えることがイメージされた。お灸博士、原 志免太郎が彼女たちと同郷であること、彼の研究理論を用いて英国の鍼灸師グループが立ち上げたNPOモクサアフリカ (Moxafrica)の活動と実績については詳しく触れることはしなかったものの、アフリカでは免疫向上にエビデンスを持つ灸世術と継続的なセルフケアの実践によって結核やAIDS、それらを併発する抵抗力が著しく低下した患者さんたちが救われていることを伝えた。そして灸との相性がよければセルフケアをされるべく主な経穴を伝授した。

「露天にステキなアートがあるよ!」翌朝、第一発見者の家人が声を弾ませながら教えてくれた。姉妹のセンスが遊び心のツボにはまったらしい。それは、今季最後になるかも知れない、しばらくぶりに降った名残雪上のボディスタンプだった。私の心のいとまにもはまったのか、この姉妹なら大丈夫!と確信めいた思いが湧いてきた。