2020-07-23

15の夜

pure love や「器用」「才能」の他にboldness(大胆)という花言葉をもつ撫子は少年Jの誕生花。「走れメロス」は分かるけど「人間失格」はよく分からなかった、と言うJは他者への配慮と気配りのできる優しい少年に成長した。人間失格の主人公や、他にも例えば田村カフカ少年のように、世界で一番タフな少年として家出するような意識を未だ持たずにすんでいられるのは単に偶然の恵み。これから先、いましばらく精神よりもやや先立って肉体がバリバリ生長をとげるときの心身の齟齬や得体の知れなさをうまく乗り切り、pure loveに大胆さを身につけた青年へと脱皮してゆけますよう願う。

思い出の中の15歳はつい最近のような気がするけれども、ほぼ4回も経験するに匹敵する時が経過しようとしていることに呆然としながら「15の夜」の歌を貼り付けた短いメッセージをJに送信した。


2020-05-03

揺れ

何かを考えたり、何かを言えば必ず言葉の軸が外に触れて揺れる。
昨日の今日なのに大きさと質が豹変するその振れ幅に自ら呑まれそうになり足元を確認する。感染症の不安と経済的な問題は一続きで、世界中の普通に暮らす人々に通じる自分のこと。根拠ある不安をいまいちど理解しなおし、できることを、少なくとも基本的なことは押さえておく。外に触れたときの違和感を押し流さない。明日どうなるかは分からないけれども今できることを種をまくつもりでこころを込めてやっておく。

鶯の声が響いた。
無垢な音の揺れが一瞬にしてここしばらくの悪酔いを均した。鼓膜の震えが身体と感覚がまだ大丈夫であることを覚えさせる。昨日の続きをいつものように精いっぱいやったら、鳥たちの声を心ゆくまで聴いていたいと思う。


2020-03-20

Optimism as an act of will

春だな。

口から飛び出したコトバに思わず納得した。少年Jからの、パステルピンクの下地に、黄色の蛍光ペンで描かれた文字の並ぶカードはフリージアの花束を思わせた。遺伝子のかく乱や形態変化の不自然にも関わらず、冬から春への大きな変化ある光にまっすぐに応える植物群落とは逆行するように後ろめたさのような影が感覚を、コトバを、阻んでいた。

エコロジーも現行の感染症でさえも対症療法的なしのぎはやむを得ないとしても、してやったりが相殺されるような演出はもうたくさん。行きづまりのとき、迷ったとき、さまざまな分野で言われる「古典に返れ」ではないが、目先の新しい何かを創造することに躍起になるだけではなく、極めて古い何らかに目を向け、理解し解釈しなおしてみる。手間暇が必然の、人であってこそ可能な再編集を裏打ちする直感力を退化させないこと。先人たちが2000年、3000年積み上げてきたものが奇跡的に残っているとするならば(コトバや私たちの命さえも)それらをうっかり破壊しないこと。アフリカの後天性免疫不全症候群を併発する結核に伝統医療の灸が有効であるように青い鳥は実は近くに隠れているのかもしれない。

カードに並ぶ、まじめ過ぎず固すぎず、かと言って砕けて柔らかというわけでもない押し付けがましさのないのびやかな筆跡は、Jが赤ん坊のころの柳の新芽のように小さく、しかし精密に設計された確かな意思をもつ手指に重なった。こんな雰囲気漂う文字を書ける手の運び方と速度で暮らしを立ててゆきたい。