2022-12-11
「おひとつお選び下さい」
茹で上げのうどんに黄身と生醤油をかけてあつあつをかきこむように食すのが「作法」で、それが醍醐味で旨いという「ぶっかけうどん」はうどん文化の根付く香川県の古い友人に教えられた。この時季、我が家の食卓にのぼる家人の好物である。東洋医学で言うところの「腎陽虚」体質の持ち主の塩分摂取は多少大目に見ても、頻繁のうどんときたらやはり気が引け、思い切り減塩し手打ちしたとしても三食どころかおやつにしてもいいと言う。日頃厨房を仕切る家人にとって「人様に作って頂くものは何でも美味しい」と言うことも手伝ってそれならと選手交代を買って台所に立つ。美食でも凝った料理でもない素人の料理は思い出の味としての品々。昔に比べ食材の質の劣化はやむを得ないとしても心身のバランスを司る五感に何かしら働きかけ気血を巡らし記憶も巡らす。
先日、親子丼を食べているときにふと思い出したという母の料理、義母は鶏肉の代わりに豚ミンチ肉の卵とじも作っていて、しかも、大きなフライパンで1度に3~4食分作っていたのだそうだ。好物寄せ集めメニューにまたひとつ母の味として「ミンチ丼」が加わった。



2022-11-20
「モノ」
電化製品に不具合が生じると町の電器屋さんに修理をお願いし、新しく入手する際もその店の取り扱い商品から選んで購入しているという老女は「いいね」や星の数はもちろん、ネット上での価格比較やポイント還元が後押しする購入とは無関係の地元の商店からほぼ暮らしに必要な品々を調達している。書籍に関しても同様で、しかし書店と言っても分野や作家ごとに書籍が並べられたり平積みされているわけではなく地元の子供たちが使うための鉛筆やノート、ドリル類などの文房具が置いてあるような店構えで、書籍に関しては基本、注文発注になる。届いてみて手にした商品(書籍)が期待通りでなくても、あるいは自分の目利きに間違いがあって、作家や編集者、作り手たちの姿勢、その本が生み出されるまでに至る来歴や背景をも考慮したうえでの判断を仮に外したとしても、優劣の単純なレッテル貼りを逸らす本であれば買い物の失敗の仕様がない。そういうわけで老女にならって、書籍は町の書店から買うことにした。美留和に移り住んで21年来、決まって年に1回だけ図書券、図書カードを購入する以外にその店に立ち寄ることはなかった。注文の手間暇よりも届くまでにも時間がかかって心配したが便利不便、損か得とは別の、私にとって価値あるモノの所有の手続きとしては見合っているようにも思えた。
届いた画集の全体的な色味と質感は、おおよそ新しいものが見当たらない老女宅の採光に混じり入る30年以上前の製品とおぼしきラジオから放たれるノイズ込みの音を思い出させた。その光と音は、彼女の言葉でいう「いかれポンチ」になっていてもう部品が手に入らず、手持ちの道具と材料で仮に直してある外国製のドアノブのおかげで閉じ込められることがない。時々いかれポンチになるらしいレコードを聴くための大きなオーディオセットも今のところ救われているようだ。多少不細工であってもどうにか生き返らせようとする老女のこころのありように大切なことを教えられる。



2022-10-14
雪の森生まれ
あたかも人の子であるかのように「康代」と呼ぶお宿かげやまは2003年1月にオープンした。美留和との出会いはそれを遡ること1997年の冬、当時まだ区割りすらなく、すっぽり雪に覆われた原生林を目前に、このへんをこれくらい、と不動産屋さんの手中の真っ白な地図にかじかむ指で小さく囲んだのがはじまり。父母たちの子に対する無償の思いや切実さには到底及びようもないが、私たちは康代を巡ってそれぞれに深く関わり合いながら過ごしてきた。時には思いがすれ違うのをよそに、贔屓に、そして大事にして下さるお客様のお蔭もあって康代らしさは時と共に自然と育まれてきた。お父さんっ子の箱入り娘も年が明けると21歳。康代が二十歳のうちに、そして父さんの還暦にもかこつけてと言うことにして、ようやく薪ストーブを据えることにした。
オープン当初、置くのであれば国産メーカーのものを漠然と希望したばかりになかなか会えずじまいのまま時が流れた。ここにきて康代にとって願ったりかなったりの出会いがあり、事がとんとん進んだ。永禄3年、西暦で言えば1560年創業、つまり戦国時代から鋳物生産をされているという老舗のストーブ。最近、特に若いお客様たちの反応からリノベーションを思わせるらしい古さが入り混じるようになった宿の空間と言っても、梵語で火神と名付けられたagniの落ち着きぶりを前にするとまだまだひよっこ。康代が1歳の誕生日記念にやってきた木の精霊宿る「王様の椅子」に加え、20年越しの火神宿る「AGNI」は厳冬生まれで道産子の康代にはよく似合う。


