2021-04-30

button

いつしか「おふくろ」と呼ばれるようになったらしい妹からの春の便りに制服の第二ボタンとネームプレートが同封されていた。少年Jが中学を卒業し高校生となった。ある事情で母親と離れて暮らさなければならなくなった赤ん坊を抱かせてもらい夜の外に連出し、お披露目をするかのごとく星空に向かって「新参者です、よろしくー」と即興の子守歌に時々モロー反射で応えるJとの記憶はちっとも色褪せていないせいなのか15年の月日の流れに実感が伴わない。あのおちびさんがいったいどんな抑揚で「おふくろ」と呼びかけているのか、Jの手書きのお礼状の文字を幾度読み返してみてもちっとも想像がつかない。いずれおふくろも卒業して独り立ちしていくことは分かっていても親がいつまで経っても親であるのに似ていて、少しだけ先に生まれ先に死んでゆく者としてのまなざしと距離感はそうそう変わるものでもないらしく、いつまで経っても私にとってのJは玉のように美しい赤ん坊のままだ。

母や私に、もっとそっと抱き上げるよう合いの手を入れるようになり、無骨とばかり思っていた父の本質を目の当たりにし理解に近づけたのもJの誕生のおかげさま。第二ボタンとネームプレートは父の遺影の横に置くことにした。


2021-03-20

もだえかせ

10数年前、まだ健在にもかかわらず全集の刊行を始めるという、その作家に対して特別な思いをかける稀有な出版社の近くに住んでいた。

震災が起きて間もない頃、当時週に1回足を運んでいた現代思想哲学の勉強会でその作家ー石牟礼道子ーの名前を耳にしたときには大変驚いた。とりわけ震災後の言葉を失い、八方ふさがりの出口がみつからないような状況下において、戦争や医療思想史から芸術に至るまで人間の営みであればジャンルを問わず理路整然かつ正確な言葉で現代を理解できるよう、一般的にはフランス哲学者として紹介される、その道先案内人からまさかこの作家の名前が出てくるとは思ってもみないことだった。ーこういうときに例えば石牟礼道子さんの書かれたものを読むといいかもしれないーと話の最後に付け加えられた。この季節がくると、奇しくも3月のその日が作家自身の誕生日であることもあってか、あの時のことから以降の時間を辿り直してしまう。先日、ある専門誌の巻頭言に(3年前のバックナンバー)石牟礼道子の名前を見つけた。鍼を用いずに治療をされることで有名な鍼灸師の寄稿文で『石牟礼道子さんに背中を押してもらった私の鍼灸人生』というタイトルだった。10年前の案内人のときのようには驚かなかったものの、訳もなく妙に納得した。鍼を用いた水俣病の治療から始まり40年以上もの臨床経験を積み重ね、やがては鍼を用いない集大成としての陰陽太極鍼の一度きりの秘密の開示のように思えた。先人たちの、どうすればよいのか全く分からない状況のなか、崩れたバランスや違和感を正すとき患者さんの声を聴き手を動かしリセットし続けて来られた経験の確かさは、これからもさまよい続けるだろう頼りない足元に方向を指し示す。


2020-12-26

シュールレアリズム

若いころのオレとヒーコ。場所は大学の講堂。二人とも入学して説明会に参加。しかし途中でオレが眠たくなって一番後ろで布団を引いて寝て待つことに。そしたら見ず知らずの女子学生がやってきて隣に布団を敷いて寝始めて、あー似たような人もいるんだ!と思っていたら、説明会が終わってざわざわし始めヒーコが来て、冷たい目でじろじろと睨むのよ。あ~、やきもちだなぁと思ってトイレに行こうとするとヒーコと女子学生がついてきたの。嫌な空気だなと思っていると、子供が倒れ、皆で取り囲んでいたら女子学生がスポーツバッグに子供を入れて、てきぱきと病院に連れて行ったの。それを見送ってから二人で構内を見て回り、お風呂や宿泊施設もあるんだね!と言っているうちにオレがトイレに行くたくなって、トイレに入ったら不潔で我慢しようかな・・・と思ったところで目が覚めトイレに行った。

と或る日の家人の夢の中でのものがたり。いつかどこかでそんなことがあったかのうようにシュールとリアルの境界が溶け合う。家人の夢の話はハラハラする冒険譚からお茶の間での光景などさまざまだが、巧妙に作りこまれた物語などとは異なり、意味や善悪も持たず言葉の連なりも自由で、ただぽっと生じた物語だからなのか凝り固まってしまった思考を解体していくような作用を持つ。感染症や政治経済の劣化、劣悪など色んな問題や不安要素を日々耳にし見せられる毎日を生きなければならないとき、例えば「夢十夜」のように重たく湿度の高い空気感になりそうなものだが、家人のそれは例えハッピーエンドな終わり方でなくともどんな時にも空気が乾いている軽さがある。悲惨だったり意地悪な話でも後味が悪くない。

昨夜のおはなしは・・・

ヒーコと団体旅行に参加して、超雑魚寝状態で顔の横にヒーコの足があってオレの足の方にヒーコの顔がある状態の明け方。みんな静かに寝ているふりをしているのにヒーコはオレの足裏でツボの場所を探しはじめてしまい、小さな声で3寸だの指3本分と言いながら足の裏を触ってた。オレはくすぐったいのをガマンして寝たふりをするのが大変だった。

ー おしまい ー