2005-05-27

摘み立てクレソン

見渡す風景の配色に若葉色の割合が日に日に増してきた。ついこの間まで木の枝だけでもそれなりに形を成し景色にうまく溶け込んでいたはずの樹々が、今ではすっかり違う木に生え変わったように細かい若葉の薄い緑色に覆われ、新しい風景が拡がり始めた。宿の庭も草の緑の中にたんぽぽの黄色、ミントなど個性的な形をしたハーブ類、そして、えんぴつのようなチューリップが芽を出した。沢ではクレソンの濃い緑色の割合が増え始めた。今年初のクレソンを摘みに行った。湧き水の中に自然に育つクレソンの瑞々しい感触を目でも匂いでも指先と手のひらでも感じながら丁寧に今晩のお客様の分を摘み取った。摘み取りながら食してみるよう宿主に言われ、まさしく採り立ての初物を頂いてみた。口の中にクレソンのピリリとした爽やかな風味と水の美味しさとしゃきしゃき感で、身体のすみずみの細胞までに力を持つ水が届くような気持ちになった。美留和の風土で自然に育つクレソンだけに身体に馴染まないはずはないよなあ・・・と呟きながら、摘み立てのクレソンをそのまま口の中にほおばることのできる環境にいられることが何だか急に尊く感じられ、美味しさと安心感、うれしさとありがたさの混じった気持ちをかみしめた。


2005-05-02

芽吹く

あちらこちらのどの庭にもとっくの昔に一番のりで春を感じ取ったことを誇るかのように開き切ったふきのとうたちが、宿の沢にはまっすぐピンと姿勢よく顔を突き出している水芭蕉、水の中にはキラキラと太陽の光を浴びるクレソン、そして宿の庭にはハーブや野の花、木の芽が芽吹く季節にすっかり移り変わった。辺りを見渡すと、自然の生命のエネルギーが呻き立てる音でも伝えてくるかのような強さと勢いが溢れている。改めて暦の上で5月になったことを思い知った。いっさい人の手を介さないゆるぎのない、奥深く根付いた生命の源のようなものに圧倒され、ますます気持ちがまだ春の手前側に取り残されたままのように感じた。夕日に照らされた木の芽や緑、夕日に染まる大きな空と雲の色の風景をみていてやっと、実際に自分が感じとることの出来る空気感と流れや音に今の季節がぴたりと重なる気がした。道東の夕日の風景はどの季節をとっても好きだが、夕日が沈む頃は一日の中でもこころが落ち着くような優しさと静けさに包まれるように思った。


2005-02-25

歓迎の雪

雪今年はまとまった量の雪の降る回数が少なく冬を過ごした!という実感が薄く、いつもの年だったら餌台もすっぽり埋もってしまうほど雪に深く覆われるはずなのに、その雪深さも感じることのないまま3月を迎えようとしていた先日、久しぶりにまとまった雪が降った。除雪作業をしなくても済むから雪はあまり降らない方がいいと言っていた宿主だったが、降れば降ったでうれしくなってしまうらしい。あっという間にまっさらの上等な雪で辺り一面覆われた。餌台が埋まってしまわないうちに大腿部まで足を取られながらパンやひまわりの種、かぼちゃの種、オレンジ、脂身までフルコースで差し入れした。そして、張り切って雪かき作業にかかった。除雪歴3年目でつかんだペースは10cm1時間。20cm程積もったので2時間を見積もり気持ち良い汗をかいた。翌朝は早朝、雪面がリセットされ誰も踏み入っていないはずである森の中を散歩をした。スノーシューで足形の形跡を確認しながら歩くのを楽しんだが、あまりに気持ちよくて思わずダイブして身体ごとすっぽり自分たちの形を雪の上に残してしまうくらい歓迎の降雪となった。