2019-12-31
祖父母から子へ、子から孫へ
三つ子が生まれ若くして父親になったばかりの家人と2人して子育てに必死だった、という家人の夢の話に心が弾んでしまい、それからは夢の続きを見たのかどうかが朝の挨拶代わりとなった。
もう何度も見てその当時の時代に感じ入り似たような思いを確認するにも関わらず、里帰りをするこの時季には家族写真のアルバムを開く。色褪せた写真の、生まれたばかりの赤ん坊が大事に包まれ抱かれている様子は飽きることがない。時を超えかけがえのない幸福を放つ。若い義父母も眩しく美しい。その後の、例えば、やんちゃすぎた高校生時代の家人の始末に、幾度か校長室に足を運んだというエピソードを筆頭に、きっと絶えなかったであろう亡き義母の苦労や心配は直接耳にすることはなかったものの、常に変わることなく大きな愛で包み続けて下さっていたことだろう。そんな義母の愛の芽のようなものを今の家人の中に見出してはつくづく感謝の念を抱く。切実さや苦労の次元は全く及ばないけれども、子供のない私たちにとって「宿が子供みたいなもの」とお伝えすることがあるのだが、我が家の箱入り娘はお父さんっこで、両父母を始め多くのお客様に恵まれ愛され育てて頂き、いつかしらか自然と個性が象られてきた。お蔭様で年が明け1月3日で満17歳を迎える。
いっぽう、生まれたばかりの夢の中の三つ子の行く末・・・初夢でなくとも、続きを見てみたい。



2019-11-06
暮らしの繕い
難度の高い修繕や手持ちの道具、材料の制限から専門家にお願いすることを除いて私が子供の頃はありあわせの部分品を細工してかすがいの代わりにする暮らしがごく普通に根付いていた。特殊な作りのフックが壊れ外れたことで眠らせておくしかなかったブーツを引っばり出し、手先が器用な友人宅に持参してみると、お喋りはそっちのけでさっそく彼女はその構造や仕組みを丹念に調べ始めた。示されたいくパターンかの修繕方法の中で私が選択した解決策にいまひとつ不服ながらも、ジッパーや皮部分に付加のかかりすぎない道具の選択、そして彼女自身の力加減を細やかに使い分けての作業が進められた。片側のブーツが息を吹き返そうとするころになってもなお彼女の手の動きは、壊れていない側のフックがどうにか壊せないものか探り続けていて、両方同じものに揃えなくてもよいのか?を重ねて問うてきた。まだ十分使えるものが使えないときのもったえなさが解消される喜びとは違う、眠らせていたこちらの愛着が繕われたことで充分だった。
日頃慕う友人とはまた別の側面の、ふと垣間見た職人魂の彼女を敬う思いが、このブーツに足を通すたびに思い起こされることになるだろう冷たい冬の季節が到来する。



2019-09-29
中陰
少年Jは1輪の白い切り花を握りしめたまま彼のおでこをその人の冷たいおでこにしばらく重ねていた。ほんの10数年前の、Jが誕生したばかりの玉のような赤んぼうだった頃、その人が壊れものを扱うように顔を寄せ、ほおずりをしていた分のお返しをするかのように。
ユリ、トルコキキョウ、カサブランカ、菊、カーネーション、スプレーマム、リンドウ、ケイトソウ、グラジオラス、デルフィニウム・・・おひとりおひとりの手によって添えられた生花をまとうその人を目の当たりにし、初めて本当の姿を知る思いがした。50数年前の初秋の頃、長女の誕生を迎えて若い父親になったばかりのその人の胸に抱かれていたであろう赤んぼうの幸福を、時を超えて深く思う。
網膜に焼きついた少年Jの別れの自然なしぐさは、いつかの、誰かの、皆の、光の記憶として繋いでおきたい。

