2020-12-26
シュールレアリズム
若いころのオレとヒーコ。場所は大学の講堂。二人とも入学して説明会に参加。しかし途中でオレが眠たくなって一番後ろで布団を引いて寝て待つことに。そしたら見ず知らずの女子学生がやってきて隣に布団を敷いて寝始めて、あー似たような人もいるんだ!と思っていたら、説明会が終わってざわざわし始めヒーコが来て、冷たい目でじろじろと睨むのよ。あ~、やきもちだなぁと思ってトイレに行こうとするとヒーコと女子学生がついてきたの。嫌な空気だなと思っていると、子供が倒れ、皆で取り囲んでいたら女子学生がスポーツバッグに子供を入れて、てきぱきと病院に連れて行ったの。それを見送ってから二人で構内を見て回り、お風呂や宿泊施設もあるんだね!と言っているうちにオレがトイレに行くたくなって、トイレに入ったら不潔で我慢しようかな・・・と思ったところで目が覚めトイレに行った。
と或る日の家人の夢の中でのものがたり。いつかどこかでそんなことがあったかのうようにシュールとリアルの境界が溶け合う。家人の夢の話はハラハラする冒険譚からお茶の間での光景などさまざまだが、巧妙に作りこまれた物語などとは異なり、意味や善悪も持たず言葉の連なりも自由で、ただぽっと生じた物語だからなのか凝り固まってしまった思考を解体していくような作用を持つ。感染症や政治経済の劣化、劣悪など色んな問題や不安要素を日々耳にし見せられる毎日を生きなければならないとき、例えば「夢十夜」のように重たく湿度の高い空気感になりそうなものだが、家人のそれは例えハッピーエンドな終わり方でなくともどんな時にも空気が乾いている軽さがある。悲惨だったり意地悪な話でも後味が悪くない。
昨夜のおはなしは・・・
ヒーコと団体旅行に参加して、超雑魚寝状態で顔の横にヒーコの足があってオレの足の方にヒーコの顔がある状態の明け方。みんな静かに寝ているふりをしているのにヒーコはオレの足裏でツボの場所を探しはじめてしまい、小さな声で3寸だの指3本分と言いながら足の裏を触ってた。オレはくすぐったいのをガマンして寝たふりをするのが大変だった。
ー おしまい ー



2020-09-23
たなごころ
白樺や蔦類の木の葉の色々がこの季節ならではの静謐な空気と混ざり合う。道端の植物は花を咲かせ、胡桃の木や山ぶどうの木は実をつける。葉っぱが枯れてゆくように農薬はもちろん化学肥料を与えずに育てられた自然栽培の食物は枯れたり発酵したりはしても腐らないと言う。また、例えばトマトは本来左右対称に実をつけるのに対し化学肥料をあたえてしまうと多くの実はなっても左右の数が狂ってしまうそうだ。「沈黙の春」「苦海浄土」「複合汚染」以降、約半世紀もの時を重ねた人に生じる心身の歪みは、さらにGEを始めとする人工的に作られる放射能、電磁波、気象、生物などの影響に対する自然としての身体からの叛乱なのであろうか。
家人の掌に摘み取られた山ぶどうの実が目に入るやいなや甘酸っぱさが体に広がり頼りない気持ちを引き締めてゆく。ふっくらふかふかの暖かさを放つたなごころが差し向けられるときの健やかさは見えない狂いの硬結をほぐす。祥月に、故父の爪の形や掌の輪郭が家人のそれと重なった。



2020-07-23
15の夜
pure love や「器用」「才能」の他にboldness(大胆)という花言葉をもつ撫子は少年Jの誕生花。「走れメロス」は分かるけど「人間失格」はよく分からなかった、と言うJは他者への配慮と気配りのできる優しい少年に成長した。人間失格の主人公や、他にも例えば田村カフカ少年のように、世界で一番タフな少年として家出するような意識を未だ持たずにすんでいられるのは単に偶然の恵み。これから先、いましばらく精神よりもやや先立って肉体がバリバリ生長をとげるときの心身の齟齬や得体の知れなさをうまく乗り切り、pure loveに大胆さを身につけた青年へと脱皮してゆけますよう願う。
思い出の中の15歳はつい最近のような気がするけれども、ほぼ4回も経験するに匹敵する時が経過しようとしていることに呆然としながら「15の夜」の歌を貼り付けた短いメッセージをJに送信した。

