2018-07-08

雷雲

サッポロビールの星マークの由来を知っていますか、の問いに
あてずっぽうに函館の五稜郭との関連の有無を口にしたばかりに
父の旧知であるというその人は乾杯をおあずけにクラシックの瓶を手にしたまま
薩摩藩がパリ万博に出かけたときの逸話に至るまでを解き明かしてくださった。

故郷の話やいつしか父の話に及び、私もあなたのお父さんも若かったからよくやりあった、
意見が対立したことさえも好意的に展開される語り口に内心同調できずに
15歳の頃には実家を離れたせいか、父が何を思いどのように仕事をしてきたのか
実はよく分からないでいることを明かすと
あるひとりの人物を象るかのように語りほぐしてくださった。

父のことだから大した理由などなく、愚直に親しみを抱いたであろう西郷さんの
日本人に対して発した最後の言葉であるという官軍総督官宛への手紙のことが書かれた本を読み
「敬天愛人」に込めたというより、むしろこの言葉に選ばれた西郷さんの在り方を
あらためて受け止めたときと似たあやまり(誤りと謝り)を自覚した。

天地自然の道理を言い、その天理道理に外れた者はたとえ時の皇帝であろうと認めない
というほど西郷南洲の思想は良知を言い知行合一を説いた。
時代が下り、天候を操る術さえ得てしまい迷子になっているとき
鮭が遡上するよう人は天地自然の道を辿りなおすことができるのだろうか。

雨が小石や葉っぱに当たる音が弾けて
水は土ばかりか体に染み入り
胸奥の雲翳を揺らす。


2018-05-13

笑う・咲う・嗤う

不穏な気配がした。
不自然に生き物が苦しむような
狭められたかでもした気道が発する喘声が
一瞬、確かに耳に届いた。
何かの生き物には違いなく
咄嗟に窓際に駆け寄ると家人の籠もり部屋一帯に
煙まで漂っている。
これは何か起きたのかも・・・落ち着け、落ち着け
を呪文のように唱えながら離れに向かう。

濛々と漂う白い靄の中で仙人のように悠然としている家人を質すと
音の正体はくしゃみで、煙は燻製の作業中であること、
おまけに銃の発砲音のようなものは火を熾すときの団扇であったことが判明。


「ちょっとしっかりしてくれる?
 妙な、物騒なくしゃみなんかしないでちょうだいよ。」

勢いのままあてどない思いが放たれる。

空回りと空振りの収まりどころのないまま少し歩くと
辺りの北辛夷、レンギョウ、蝦夷桜は既に満開で
突如として競りあがる笑いにむせながら
足取りを軽くする。


2018-03-07

光の粒

すべて消灯した暗闇の中、家人の気配を命綱にして
靴底越の雪氷のでこぼこを足のはら全体で掴むよう庭に降り立ち
初めて北の夜空を見上げたあのとき
視界いっぱい、まさに「天文学的数」に拡がる冬の天の川は
恐ろしく私たちを驚かせた。

光の粒が全身にそそぐ響きなのか
静寂に音があることを感じた。

夜ばかりでなく昼もずっと光の粒を受けながら
ゆっくり回転する太陽系の、銀河系の渦の中で生かされているという実感は
持ち合わせの言葉や感覚ではどうしても追いつかない。
宇宙の時間の中では、人の一生も瞬きにさえならないほど
刹那であることを思ってはみてもうまく収まらない。


ミリ波望遠鏡の観測によって星が誕生するガス雲の中に
生命の兆候や身体を構成する元素が含まれていることが
分かるようになった。


私たちは海よりもずっと大きな空海を母胎に
どこかの星からやってきて
やがてどこかの星に還っていくのかもしれない。

それぞれの星に定められた軌道の描き方があるように
誕生と死、出会いと別れにも
遠のく力と戻ってくる力が働いているとすれば・・・

光の粒が結ぶ虚空の母さんを見上げる。