2018-05-13
笑う・咲う・嗤う
不穏な気配がした。
不自然に生き物が苦しむような
狭められたかでもした気道が発する喘声が
一瞬、確かに耳に届いた。
何かの生き物には違いなく
咄嗟に窓際に駆け寄ると家人の籠もり部屋一帯に
煙まで漂っている。
これは何か起きたのかも・・・落ち着け、落ち着け
を呪文のように唱えながら離れに向かう。
濛々と漂う白い靄の中で仙人のように悠然としている家人を質すと
音の正体はくしゃみで、煙は燻製の作業中であること、
おまけに銃の発砲音のようなものは火を熾すときの団扇であったことが判明。
「ちょっとしっかりしてくれる?
妙な、物騒なくしゃみなんかしないでちょうだいよ。」
勢いのままあてどない思いが放たれる。
空回りと空振りの収まりどころのないまま少し歩くと
辺りの北辛夷、レンギョウ、蝦夷桜は既に満開で
突如として競りあがる笑いにむせながら
足取りを軽くする。


2018-03-07
光の粒
すべて消灯した暗闇の中、家人の気配を命綱にして
靴底越の雪氷のでこぼこを足のはら全体で掴むよう庭に降り立ち
初めて北の夜空を見上げたあのとき
視界いっぱい、まさに「天文学的数」に拡がる冬の天の川は
恐ろしく私たちを驚かせた。
光の粒が全身にそそぐ響きなのか
静寂に音があることを感じた。
夜ばかりでなく昼もずっと光の粒を受けながら
ゆっくり回転する太陽系の、銀河系の渦の中で生かされているという実感は
持ち合わせの言葉や感覚ではどうしても追いつかない。
宇宙の時間の中では、人の一生も瞬きにさえならないほど
刹那であることを思ってはみてもうまく収まらない。
ミリ波望遠鏡の観測によって星が誕生するガス雲の中に
生命の兆候や身体を構成する元素が含まれていることが
分かるようになった。
私たちは海よりもずっと大きな空海を母胎に
どこかの星からやってきて
やがてどこかの星に還っていくのかもしれない。
それぞれの星に定められた軌道の描き方があるように
誕生と死、出会いと別れにも
遠のく力と戻ってくる力が働いているとすれば・・・
光の粒が結ぶ虚空の母さんを見上げる。

2017-12-24
12月の夜
新月を過ぎ月明り下の雪原の木影が蒼然としはじめる。
12月の美留和の夜景は美しい。
朔のときに呼応し、まるで潮が引いて去っていくかのように
知人の親御さんの訃報が相次いだ。
また今朝はここ数日、家人が集中して読んでいる作家の訃報があった。
昨晩は珍しく遅くまで読んでいたその時間帯に亡くなられたことが
余計に家人を驚かせた。
私にとっても実際にお会いしたことはないものの
一方的に恩義を感じ信のおける書き手のおひとりだった。
早いものでもうすぐ7回目の義母の命日。
義母が他界してから遺ったもののひとつに日記がある。
大学ノートに毎日欠かさず2~3行、その日その日の出来事が記録されているもの。
日記と言えるのかどうかはともかくも
書き手とは無縁の、とくに学歴があったわけではない義母が
恐らく一文字一文字時間をかけて書いただろうことが伝わってくる。
他人に向けて読まれることを意識していない文字と記録だからこそ
今更ながら義母の人となりが感じられ、悔やみに似た痛みも覚える。
いつかは消えて無くなるものだけれども
生きている誰かが手に取るたびにその声は聞こえ
筆跡と行間から義母の息づかいが立ち上がる。
12月の清い暗闇にて合掌

