2008-05-05
芽吹きの始まり
日に日に夜明けがはやくなり、沢に雪解け水の流れる音やオオジシギ、ウグイスなどさまざまな小鳥たちの声がポリフォニーのように朝の澄んだ空気に響き渡る。沢には水芭蕉がピンとまっすぐ顔をだし、クレソンは青々と緑を成している。はだかんぼうの白樺や柳の枝々には新芽がポコリポコリついて緑の霞をまとっているようだ。美留和のこの時季は長すぎた冬のせいか深い冬眠からなかなか覚めきれないような、どうやって春を迎えたらいいんだかよく考えないと思い出せないような、植物や動物たちの春から初夏に向う予兆が眩しすぎる。彼らの生に向うエネルギーはひたすらに無垢。そこかしこの無垢の気配の漂いに気後れするような違和感を抱いてしまう。枝々に成るかわいらしい新芽の連なりや沢の群落に立ち並ぶ水芭蕉が五線上の音符を連想させ、思わず春らしい旋律が喚起されるとき今の季節の只中に在ることを実感する。

柳のポコリポコリ

こぶしの花と大窓からの景色

クレソン摘み
2008-01-29
とっておきの風景
今年初めての久しぶりのまとまった降雪に、打ちのめされ、へこたれそうになりながらの除雪作業の筋肉痛が抜けきれぬまま、むしろ心地良い痛みに変わりつつあるうちに、疲労のご褒美として励みにし、密かに抱いていた小さな楽しみ、摩周湖散策を快晴の絶妙なタイミングで決行した。凛々しく聳える姿形の良い斜里岳と静寂な摩周湖の冬風景に惚れぼれし、夏には熊笹や樹木が覆い茂る辺り一面が、陽光でキラキラと輝くなだらかな丘、風紋や氷塊の伴う雪原と化し、スノーシューを履いてこれから摩周岳の頂上に向かって自由自在に歩いていく新雪の道なき道に足を踏み入れる感触にこころが踊った。途中、頂上に向かう先客の足跡を見つけた。それは、うさぎの軽やかなかわいらしい足跡や深雪にずっぽりと埋もりながら苦労して歩いたであろう重たい足取を残す鹿の足跡、そして、きっとあまり苦労せず、道草などもせず淡々と賢そうに歩いたであろう北キツネの足跡だった。痛くて冷たく、身体を張って登るしんどさを超えて、こころは楽しんでいることを実感し、思う存分こころを遊ばせる。こころが遊んでいることに嬉しくなって、思わず身体が動く。角度と高さを変えて、陽光の屈折と反射に微妙に色合いを変えていく雪原に溶け合い、さまざまな表情の厳寒と静寂の織り成す贅沢な景色に息を呑む。全てを分かってただただ黙ってそっくりそのまま受止めているような、いつも変わることなくゆるぎなく、穏やかで静かな摩周湖に胸を借りるようなつもりでいつまでも立ち尽くした。




2007-10-19
秋の散策
日に日に朝晩の空気が冷たくなり、今年は樹木の紅葉を待たずして冬を迎えてしまうのではないかと心許無い気持ちを払拭するかのように、お昼前におにぎりとおやつ、熱いお茶をリュックに詰め、毛糸の帽子とマフラーでしっかり防寒し、川湯のつつじケ原林道を散策してみた。秋の森の空気は格別だ、と思わず呼吸が深くなる。木々の重なりを貫いて射す落陽がミズナラ、シラカバの黄葉した葉っぱを捉え、黄金の濃さを増したキラキラした情景はこころを捉える。アカエゾマツの純林に入ると清新の気が鋭さを増し、空気の透明度の高さを五感で感じる心地良さがなんとも言えない。例年と比べると迫ってくる鮮やかさには欠けるような気はするものの、やはりこの時季の自然の色合いと季節の移ろいには、毎年繰り返し感動する。さらに木の香りと色合いを求め、腐葉土に覆われた地面に落ちる新しい枯葉のかさかさする音を楽しみながらキンムトーまで足を延ばしてみた。キンムトーの山々は紅、橙、黄色、黄土色、茶色、黄緑、緑のあらゆる色が混じりあい、湖面が鏡となって映る景色に時が止まり、音も風もない水辺の静寂な情景に再びこころ奪われ放心していると、すぐ近くのどこかで空気を震わすような切ない鹿の鳴き声が響き渡った。


